好物の鴨についてお話しておこう

鴨には二種類ある。野鴨と家鴨(アヒル)の合の子これが合鴨。野鴨は野生の鴨、本鴨とも言い、首が美しい青色なので「青首」とも言う。どちらもうまい。養殖して育てた合鴨は1年中手に入る。ところが野生の方は捕獲が制限されていて冬場だけしか獲ることができぬ。その上鴨自体がシベリアから渡って来て、冬の間だけ日本に住みつく。それを獲るのだが、今ではこの野生の鴨を捕まえて人工的に繁殖させているらしくその肉は一目みてもすぐ分かる。もちろん味の方も。
第一エサが違うせいか野鴨独特のあのくさみがない。
これがなければ意味なし。
肉の色も養殖ものは野生の本モノに比べて浅い。
青首独特のあの深い赤味がないのだ。
私の鴨好きを知っている富山の友人が、ときどき鉄砲の玉の入ったやつを送ってくれた。急に食べたくなった時など、「君は私の一番大切な友だちであるぞよ」などと彼に電話を入れると、ありがたいもので二、三日すると必ず送ってくる。その青首を庭の木の枝に吊しておく。猫にとられぬように細い小枝にブラ下げて、毎日お尻の穴から匂いを嗅いで腹の臓物の腐り加減を待つ。鴨は絶対に食い頃が大切で腹の中が腐りかけた頃合いを見極めるのがうまく食うコツである。その臭いを嗅ぎわけて、ヨシッとばかりに羽をむしりにとりかかるのである。脚と胸の身を取った後の仕末がまた面白い。骨についた残り身をきれいにこそげ取って、首と一緒に長い時間をかけてまな板の上でたたき込む。この時に寒雀を丸のままで一緒に入れるのも秘伝の一つ。片栗粉と卵をつなぎに入れて、極め手は挽きたての山椒の粉。これを平皿にうすく延ばしておいて、箸先で団子に丸めて、皮のついた肉と、この団子とそして野菜を交互に食べるのである。これは野生の鴨が手に入ったときの私のこだわった秘伝の「鴨鍋」である。
残念ながら昔食べた野鴨は今ではめったにお目にかかれない。団子を作ることもめったになくなった。
鴨に関する限り、私は野生の鴨を鉄砲で撃って、寒い冬風に当てて、充分に熟成させて、京人参と芹をたっぷり使った「鴨鍋」をいつまでも追い続けたい。
                
'87 味覚春秋より